2018年7月29日主日礼拝
聖書
コリント人への第2の手紙第12章9節〜10節
「 ところが、主が言われた、『わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる』それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。」
月に一度の職分者によるメッセージでした

井上執事メッセージ
「私の信仰は母からきました。
戦争の大空襲の時に、防空壕の中で『もう命を落とすかも知れない』と思った母は、ずっと讃美を歌っていました。
その時に外に出ようと声をかけてくれた人がいて、敷いていたむしろを被り、火の中を走り、大きなため池に飛び込んで隠れていたところを助けられたそうです。
防空壕にいた人は全員亡くなり、外に出ようと声をかけてくれた人もいなくなったということでした。
その時助けられた母は神に感謝し、もし自分に娘が産まれたら、ミッションスクール(母校)に入れると誓いました。
その後ニューギニアから帰って来た父と出会い、3人の娘が生まれたのですが、その末娘がわたしです。
私は中学2年の時に、バプテスマを受け、教会学校の教師もし、学校では宗教部の役員もしました。
大学では聖歌隊にも入り、奉仕もしましたが、心は主の元にあったのだろうかという思いがあります。
その後、私の娘も同じ学校に入り、保護者として関わっていましたが、娘が卒業すると同時に離れて、聖書を読むことも祈ることもなくなりました。
そうしてしばらくたった時に、崔先生と会ったのです。
最初に教会に行った時に、自分が今まで知っていたお祈りのスタイルなどが違い、驚いて、『ここは私のいる場所ではないな』と思いました(笑)
教会は最初、牧師館からスタートしました。
ある時、用事のため、崔先生が韓国にお一人で一時帰国した事がありました。
その時はまだご家族は日本語もあまり話せなかったのですが、当時中学生のご長男があかしをされ
心細く、辛いと感じていた時に、お母さん(ヒョン宣教師)が『何もないけど、祈りましょう』と言って、家族でお祈りした話しをしながら、途中で声が詰まり話せなくなった事を今も覚えます。
私達の教会は、これから前に進んで行きますが、その時まで家族で耐えてくださった牧師先生たちへの感謝を忘れてはいけないと思います。
この教会はもちろんイエス様が共にいてくださいましたが、先生達の献身の上にあります。
今、私達の教会と共にはたらいてくださるチャンビッ教会は韓国では大きな教会です。
そのようなチャンビッ教会が小さな私達の教会にどうして思いを尽くして、力を尽くしてくださるのか。
イ牧師は、『信仰的には荒野のような日本で開拓し、教会を大きくしている力が素晴らしい』とおっしゃいました。
チャンビッ教会も最初はイ牧師と3人のメンバーから始めたそうです。
『その時の4人で、いつも一緒にいて、一緒に祈り、一緒に語り合い、食事をする時も同じテーブルでしました。
今、教会は大きくなりましたが、あの時が一番幸せでした。』
そうお話しされました。
私達も、今ひとつのテーブルで食事もできるし、顔を見てお互いのためにお祈りできます。
わたしたちの教会も今は基盤を作る大切な時です。
5月にチャンビッ教会のセミナーに参加した時に、
教会の方々がひとりひとり力強く、謙虚でへりくだった姿にカルチャーショックを受けました。
私も仕事をしながら伝道していく時に、主にゆだねると楽に力強く歩んでいける。
これから、皆さんと一緒に教会を作り上げていきたいと願っています。」
崔牧師メッセージ
「皆さんひとりひとり意味があって選ばれました。
神様の子供になるという事は、天の父の御心がないとできません。
ひとりひとりの出会いもそうです。
人の力ではありません。
全てイエス様の力により、こうなっているんだとわかります。
特に教会はイエス様、聖霊様の力により成り立っています。
皆さんひとりひとりに主の愛が限りなく注ぎ、神の栄光をあらわしていく教会になりましょう」
アーメン✨
メッセージ要約 M.N


