< いのちの道キリスト教会>

いのちの道キリスト教会は、韓国から宣教のために来日した崔 承完(チェ スンワン)牧師が2006年に開拓したプロテスタントのキリスト教会です。

キリストの十字架のあがないにより、流してくださったイエスキリストの血潮によって罪が赦された神の子供達の集いであり、キリストの肢体として頭(かしら)であるイエスキリストに従う教会です。

「イエスキリストは、生ける神の御子キリストだ。」 この告白のうえに、イエス様ご自身がお建てになったイエス様の体なる教会です。

 

   「わたしは道であり、真理であり、命である。」

       ヨハネによる福音書14章6節

 




2017年12月31日主日礼拝


2017年の最後の日に、共にお祈りできた事を感謝します。



聖書

マタイによる福音書第11章28節〜30節
『すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。』



崔牧師メッセージ

「命がある事は当たり前ではありません。


数日前、わたしの友人も突然亡くなりました。


ひとりひとり、どういう形で神様に会うか分かりませんが、誰か声を掛けてくださった方がいるから、皆さんも導かれました。


自分の力で救われたのではありませんね。


この1年、色んな事で助けられ、恵みを受けました、と感謝しましょう。


小さな事でも、神の力が私たちの中で働いているのです。


今日という時間を心から感謝して受け止めて、来年の計画を立てましょう。


その歩み、道のりはイエス様が導いてくださらなければできないから、1年のお祈りをしましょう。


私はこの1年、怒ったり苛立ったりする事もあり、反省したのですが、主が『柔和と謙遜』という言葉を与えられました。


どんな時でもその様な霊魂になり、イエスキリストの柔和と謙遜が自分にあれば、平安があります。


簡単ではありません。聖霊様の助けがないとできません。


この『重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとに来なさい』


というみことばは、体も来なさい、心も来なさい、という意味です。


今、この礼拝に体は来ていても、心は他の事を考えている人もいるかも知れませんが、それもすべてイエス様はご存知です。


柔和と謙遜が一番大事だと思いながら、なかなか私もできませんでした。


皆さんも1年間、口に出さなくても心の中の苛立ちや苦しみはイエス様がご存知です。


今年最後の日だから、悔い改め、来年は柔和と謙遜を身につけましょう。


そうすると、福音伝道する時も苛立たないのです。


2018年、ひとりひとりがまず家の中で、職場で、柔和で謙遜な思いで周りと関わっていけたら、


平安な心を持つことができます。


そういう時に色んな人にイエス様を伝えて導く事ができ、救いが何十倍も起こるのです。


そのような1年になるように。


皆さんがイエス様のみ旨を持って、救いのみわざが自分を通して流れる1年になれば、輝く1年になりますよ。」



アーメン✨



メッセージ要約   M.N