2019年1月13日主日礼拝
聖書
マタイによる福音書第4章1節〜11節
崔牧師メッセージ
「聖霊とイエス様がはたらくためにはどうすればいいでしょうか。
まず、自分自身が素直になって、幼な子のように求めていくことです。
“今”語るべき思い、伝えるべき思いがあれば、今語る。
決心して、動く時にイエス様がはたらいてくださいます。
私は今まで、電話がかかってきたり、メールがきても、後で返事しようと後回しにする事がありました。
でも、最近『もし、イエス様が私に電話してくださってたのなら。メールしてくださってたのなら。どうしただろうか。後回しにはしないだろう。』という思いがあり、高ぶりだったと悔い改めました。
その人はどんな事情があって連絡してきたかもわからないのに。
今日やるべき事、伝えるべき言葉があれば、今する。
仕事もそうですが、後からしようとするとなかなかできません。
人からくる言葉やメールを、イエス様からきたものだと思って、
その時主がくださるものにすぐに反応するのが、素直な心です。
後からでは遅い。
素直になれば、その時語ってくださるイエス様からの感動があります。
子供のように素直になっていく時に、はたらきがしやすくなるのです。
『さて、イエスは御霊によって荒野に導かれた。悪魔に試みられるためである。』〈マタイ4:1〉
この世は荒野です。
イエス様は荒野で、信仰をもってどう生きていけばいいかを示してくださいました。
聖霊によって導かれるのが、信仰の歩みです。
どうすればもっと聖霊に導かれるのか。
素直になるんです。幼な子のように。
聖霊はイエス様の御霊、神様の霊であるから、何かしらのしるしをくださいます。
時には人からの言葉であったり、メールであったり。
色々な角度から声をくださいます。気づきをくださいます。
そして、私達がそれをすぐに受け取る。反応するのです。
どうすればよいか?
自分を捨てて、低くなって、幼な子のように素直になるのです。
『だれでも私についていきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。』〈マタイ16:24〉
自分が高ぶると、人のアドバイスにも従えず反抗します。
自分を捨てて、幼な子のように低くなって、何でも従えるようにならないといけません。
いつの間にか高ぶり、信仰でもなく、愛でもなく、人間的な思い、計算が信仰を邪魔するのです。
二匹の魚と五つのパンで五千人がどうやって食べる事ができるか。
聖書ではイエス様がなさったみわざがたくさんあります。
聖書を見たら、計算ではないんです。
現実だけを見ていたら何もできません。
信仰をもって行く時に、イエス様がしてくださるんです。
お父さんがしてくださいます。
子供なら計算しないでしょう?
幼な子は何も考えず、お父さんがしてくださると思いますよね。
イエス様は天のお父さんです。
恵みは思いもよらないところからきます。
自分の思い、考えを捨てて、幼な子のように低くなって行く時にイエス様がはたらいてくださいます。
全面的に委ねて行く時に、イエス様が導いてくださるのです。
自分が救われた恩返しのため、誰かに伝えて行く時に、豊かに導いてくださいます。
私たち、『いのちの道キリスト教会』もこれから、30年を計画しましょう。
私たちはいつかは去っていきます。
その後、子や孫たちがはたらく。
この日本がこのままで良いでしょうか。
愛がなくなっている。
だから、イエス様が『互いに愛し合いなさい』という、新しい戒めをくださったんです。
だから、教会はイエス様の愛、いのちを伝えて行く時に、
家庭ごとに、地域ごとに、救いが起こるんです。
これからの30年を考えていきましょう。
そうする時に、イエス様が喜んでくださる教会になるのではないでしょうか。」
アーメン✨
メッセージ要約 M.N
