2018年9月23日「命の水」

2018年9月23日主日礼拝



この1ヶ月ビジョンスクールのために、私達の教会に奉仕してくださっていたP宣教師が帰られるので、最後にメッセージを語ってくださいました。



聖書


詩篇 第8篇2節

サムエル記上 22章1節〜2節

歴代志上 第11章15節〜19節

使徒行伝第2章17節




P宣教師メッセージ


「私はクリスチャン家庭に育ったのですが、


自分のためにも、周りの人のためにも祈ったことがありませんでした。


大学で日本語を学び、日本にとても興味があり、2008年にひとりで福岡に旅行に来ました。


その時、自分を守ってくれるような気がして聖書を持って来たのですが、朝読んだ時に心が熱くなる感動があり、


知らずに涙が出て、叫びながら日本のために祈っていたのです。


驚きました。


そして韓国に帰り、宣教のためのビジョンスクールを受けて、


三重県にはじめて短期宣教に行ったのです。


実は私は宣教には全く興味はありませんでした。


好きな人がいたのですが、その人を通して祈るようになり、早朝礼拝にも行くようになりました。


その人から『宣教についてどう思うか?』
と聞かた時は、『絶対に行きたくない』と答えたのですが、


その後、私は宣教に行くことになりました。


がんこでわがままなわたしを、神様は好きな人を通して導かれました。


本当に神様のされる事は素晴らしいです(笑)


皆さんも宣教に対して、点のような、少しの小さな感動があれば祈ってください。


神様が導きます。


『みどりごと、ちのみごとの口によって、ほめたたえられています。
あなたは敵と恨みを晴らす者とを静めるため、あだに備えて、とりでを設けられました。』
〈詩篇第8篇2節〉


神様は子供の口に力を与えました。


敵と復讐する者たちを静めるためです。


だから、子供たちもビジョンスクールを受け、


小学1年生〜6年生まで、親から離れて子供だけで短期宣教に行きます。


教師1人子供4人がひとつのチームとなり、パキスタン、トルコ、ウズベキスタンなどに私も行きました。


パキスタンでは、出発1ヶ月前にある学校に爆弾が落ち、70人の死者けが人が出て、招待元の学校からは危険だからとキャンセルされてしまいました。


招待がないとビザが出ません。


私達はお祈りしました。


そうすると、他の奉仕の団体から招待を受け、出発3日前にビザが出たのです!


出発前子供たちと24時間お祈りを捧げる中で、ある1人の8歳の男の子に


『爆弾が落ちてパキスタンが危ないけど、大丈夫?』


と聞きました。


するとその子が、


『人はいつでも一度は死にます。
福音を伝えて爆弾に当たって死んだら、イエス様に会うことになるから、嬉しいじゃない!』


と答えたのです。


私達教師は衝撃を受け、皆で断食して、いっそうお祈りしました。


パキスタンでは、ウルドゥー語を韓国語の発音にした紙を読みながら、公園や家庭訪問で大胆に子供たちが伝道しました。


発音が下手だから、より真剣に聴いてくれるのです。


その後、招待をキャンセルした学校からも連絡があり、文化交流をする事ができました。


神様は子供たちを通して、素晴らしいみわざをなさいます。


『こうしてダビデはその所を去り、アドラムのほら穴へのがれた。彼の兄弟たちと父の家の者は皆、これを聞き、その所に下って彼のもとにきた。また、しえたげられたいる人々、負債のある人々、心に不満のある人々、心に不満のある人々も皆、彼のもとに集まってきて、彼はその長となった。おおよそ400人の人々が彼と共にあった。』〈サムエル記上22:1〜2〉


アドラムのほら穴にサウル王から避難したダビデの元にきた400人は、


困窮している者や負債のある者、不満のある者たちでした。


いのちの道キリスト教会もそういう人が多いのではないですか?


神様はイスラエルの国を建てるためにこのような人を用いたのです。


いのちの道キリスト教会を通して、神の国が建てられる事を信じます。アーメン!


でも、弱い人だけでなく、3人の勇士もいました。


皆さんの口を通して、言葉の力で300人の敵が倒れます。


『三十人の長たちのうちの三人は下っていってアドラムのほら穴の岩の所にいるダビデのもとへ行った。時にペリシテ人の軍勢はレパイムの谷に陣を取っていた。その時ダビデは要害におり、ペリシテ人の先陣はベツレヘムにあったが、ダビデはせつに望んで、「だれかベツレヘムの門のかたわらにある井戸の水をわたしに飲ませてくれるとよいのだが」と言った。そこでその三人はペリシテ人の陣を突き通って、ベツレヘムの門のかたわらにある井戸の水をくみ取って、ダビデのもとに携えて来た。しかしダビデはそれを飲もうとはせず、それを主の前に注いで、言った、「わが神よ、わたしは断じてこれをいたしません。命をかけて行ったこの人たちの血をどうしてわたしが飲むことができましょう。彼らは命をかけてこの水をとって来たのです。」それゆえ、ダビデはこの水を飲もうとはしなかった。三勇士はこのことをおこなった。』〈歴代志11:15〜19〉


ダビデはいつも飲んでいた故郷の水を飲みたくても、


ペリシテ人の陣営があったので飲めませんでした。


そして、大きな声でなく、小さい声で願いました。その声に応えて、


三人の勇士が陣営を突き通って水を持って来たのですが、ダビデは飲むことができず、神に全部捧げました。


これはただの水ではなく、三人の勇士の忠誠心により持って来た命の血なのです。


アドラムの意味は裁きです。ベツレヘムはパン屋という意味です。


そしてベツレヘムはイエス様が生まれたところです。


裁きだけのアドラムからパンがあるベツレヘムに行きたかったのです。


でも、イエス様を通して永遠のパンが与えられます。


三人の勇士は


アブシャイ (恵の父)父

ベナヤ (神の御子)子

エルアザル (助け主)聖霊


三位一体の神様のことです。


神様が血を流して、私達を救ってくれました。


血を流していのちをかけて運んだきた命の水。


命の水はイエス様の血潮です。


私達の罪のために、十字架で血を流して、永遠に乾かない命の水を与えてくださった。


イエス様の愛が神の愛です。


神も今、失われたものを探しています。


全ての世界は神様が創造されました。


しかし、この世は悪魔が治めています。


全ての人々が神を、イエス様を讃美するものなのに、他のいつわりの神々を讃美しています。


『誰か、全世界にいる失われた魂に、いのちの水を飲ませてくれないか』


命の水を飲ませてくれるのは誰か?神は私達に聞いています。


今、世の中でいつわりの神々に拝んでいる人々を神は探しているのです。


『神がこう仰せになる。
終わりの時には、
わたしの霊をすべての人に注ごう。
そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、
若者たちは幻を見、
老人たちは夢を見るであろう。』
〈使徒行伝2:17〉


神はただひとつの世代だけではなく、全世代に神の霊を注ぎます。


皆さん、聖霊さまを求めましょう。


私にも神様の霊を注いでくださり、日本で宣教師としての働きを助けてくれました。


言葉、健康、お金は問題ではありません。


私達はできないけど、私達を通して神がすべてのものを与えてくださいます。


皆さんが願うもの、神が願うものが一致する時、全ての事を与えてくださるのです。


もう、すでに備えて皆さんを待っています。


失われた人々を探すために、皆さんを待っています。


皆さんの自分の問題、弱さは言い訳にはなりません。


もっと目を開いて、自分の問題から、周りを見ましょう。北九州、日本を、全世界を見ましょう。


今も本当の神様を知らず、苦しみの中死んでいる人達がいます。


この人々を私達が探せるように。


イエス様信じるように


私達を用いてください!


私達を助けてください!


お祈りしましょう。」



アーメン‼︎




メッセージ要約  M.N