2017年3月19日「1人しかいない存在」



2017年3月19日主日礼拝




聖書
コリント人への第一の手紙第15章1~19節



コリント人への第一の手紙第15章10節
『しかし、神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである。そして、たしに賜わった神の恵みはむだにならず、むしろ、わたしは彼らの中のだれよりも多く働いてきた。しかしそれは、わたし自身ではなく、わたしと共にあった神の恵みである』



崔牧師メッセージ



「来月は、イエス様がよみがえられたことを記念する復活祭があります。


復活祭まで、コリント人への第一の手紙第15章の箇所を、何回かに分けてメッセージしたいと思います。


もし、復活がないのであれば、私たちの信仰はむなしいものです。


イエス様はわたしたちの罪のために十字架につけられて死んで、葬られたあと、3日目に死人の中から復活されて、使徒たちの前にあらわれたあと、天の御座につかれました。


イエス様が天の御座に行かれたことを、私たちは聖霊によって、はっきりと分かりました。


私たちは、人間的に見たら、あらゆる点で足りないところがたくさんあります。


でも、そのような自分を、イエス様が選んでくださいました。


自分という存在は、世界中で一人しかいません。


今までも、またこれから先も、自分という人は他にいません。


だれにでも自分にしかできないことが、イエス様から与えられています。


今、私たちがここにいるということだけでも、何か意味があって、イエス様が呼んでくださったことです。


だから、足りない自分に失望したらいけないし、人を見て、『何であの人はこれができないんだ』と、さばいてもいけません。


そこには分裂分派しかなく、悪魔が喜ぶだけです。


信仰をいただいて、イエス様のことを知れば知るほど、自分の足りないところがたくさん見えてきますが、それだからこそ、
『こんな自分を、イエス様が選んでくださったんだ』という、恵みによる感謝に満ちあふれます。


だからこそ、自分がここにいることに感謝しますし、兄弟姉妹たちひとりびとりをありのままに認めることもできます。


パウロは主にあって、だれよりも立派な働きをしましたが、それ以前はだれよりも教会を迫害したから、『わたしは使徒たちの中でいちばん小さい者であって、使徒と呼ばれる値うちのない者である』と、パウロ自身が言っています。


だからこそ、神の恵みがだれよりも分かるから、命をかけて働きをまっとうしました。


私たちも同じです。


イエス様からの恵みが分かるからこそ、命をかけてでも御国のために働こうとします。


今日はじめて皆さんと共に賛美した歌の中にありましたが、
『インマヌエル』、主がわたしと共におられるという意味です。


皆さんの中に、『イエス様が私と共におられる』ことが分かる方は、『アーメン』してください。


感謝して、恵みの中にとどまって、一週間勝利して、歩んでいきましょう!」



アーメン✨


メッセージ要約   Satoko.M